9時近くまで寢てました。珍しいことです。でもそれだけ疲れてたんだろうなぁ…。お陰でゴミ捨てすっ飛ばしてしまいましたが、あまりゴミ出なかったようで、次のゴミ捨ての日までに溢れるということは無さそうです。良かった。
オケ練もお休みして家でゆっくりしてました。夕方これもまたゆっくり2時間走って、ゆっくりお風呂入って。十分休めたかなぁ。
夜は夫と一緒に都知事選の討論会を聴いた。討論会見ると随分印象変わると思うんだけどな。テレビでも放映してくれたら良かったのに。

戦後和解 - 日本は〈過去〉から解き放たれるのか (中公新書 (1804))出張の行き帰りの飛行機や、ホテルの夜とか、読む時間が沢山あったので一冊読了。
授業で習った記憶はないし(忘れてるだけ?)、今まで読んだ本にも書かれてなかった、連合国軍の捕虜のお話。恥ずかしながら全く知らず…それだけでも勉強になりました。そんなことがあっても時間をかけて和解した日英の関係の経緯を押さえた上で中国との和解の可能性を探るという構成も良かった。

Chinaがサンフランシスコ講和に出ていたら、状況は変わっていたのかもしれません。

中国の招請については、代表権問題をめぐって、中華人民共和国(北京・共産党政府)を推す英国と、
国民政府(台湾)も加えて両政権の招請を考慮していたアメリカとのあいだに対立があり、1950年10月
朝鮮戦争に中国人民義勇軍が参入して以降、アメリカは共産党政権への敵対姿勢を強め、その結果、
米英間での合議のすえ、両政権とも招請しないことに決まった。

ということだったそうですが。当事者同士で話し合えたことが日英和解では重要な出来事だったように思われますが、日中ではそれが難しかったのか、どうだったのか…。

ドイツと日本の比較についても述べられてますが、

東京裁判がニュルンベルク裁判と同様に、平和の回復のためには過去を忘れてはいけないという
新しい価値観のもとで開廷され、裁きを通して、敗戦国の犯罪的行為を記録し、誰もがそれを自
由に検討・分析できることが期待されたにかかわらず、実際には長いあいだ裁判の全速記録が出
版されなかった点である。
ニュルンベルク裁判の場合、公判記録と判決は閉廷後まもなく英仏両国語で出版された。だが、
東京裁判の全公判記録と判決、索引などが英語で出版されたのは、1980年代になってのことであっ
た(日本語版は1968年に出版)。

この違いは大きそう。でも今更「もっと早く公開されてれば…」なんて言ってもしょうがないから、どうにか違う方法で取り戻さないとしょうがないんでしょうけど。まずは多くの人が知って、理解して、受け入れることが必要なんでしょう。ただ「正しい情報」を知るというのも難しいような気はする…。今後も色んな人の本を読んで、自分なりに理解していってみようと思います。少しずつ少しずつ。