手袋発見

昨晩帰って来たら,マンションのチャリ置き場に落ちてました.酔っ払って帰ってきたときに片方紛失したと思ってた手袋.買ったら出てきましたね,ほんとに….というわけで手袋が2ペア.そして随分前から編んでる手袋があります.こないだ片方できたのですが,ゲージを編まなかったせいで随分小さい手袋になってしまった.あ,大雑把に言うと実際に編んで何目で何cmになるかって測るのがゲージってやつです.面倒だしいいやってすっ飛ばしたらこんなことになってしまいました.なんでこれからまた1から作るわけですが,手袋が2ペアある今手袋を編む気になるかっていうと…微妙.靴下にしようしら.それともそのまま手袋にすべきか.

アートNPO緊急フォーラム「日本に芸術文化は必要だ!そのために我々は何をすべきなのか」がネット中継されてたので聴いてました.ながら聴きだったり,芸術に関する予算については(科学技術研究費と違って)自分があまり関わらない部分なので状況も全然知らなかったり,で理解できない部分も多かったですが.しかし芸術に対する予算の必要性を訴えるのは,基礎研究の必要性を訴える以上に難しいだろうな,と思う.
昔はわかりやすかった.働かなくても裕福な人たち(貴族)が楽しむために芸術家たちにお金を払っていた.それに娯楽のバリエーションが圧倒的に少なかったはず.今は娯楽が多様化した上に芸術活動というのはお金がかかるもの.採算がとれるだけのファンの人数ってのに届いてないんだろう.音楽に偏った話になるけど,例えば同じ音楽でも政府からの補助なんてなくても生活できている人たちがいる.そういう人がいる中で,採算がとるために最低限必要なファンも獲得できないような芸術は果たして必要なのか.否,不要ではない.でも国が面倒見ないといけないんだろうか.保護しないといけないんだろうか.その基準は?
例えばサントリーとか,アサヒビールとか,ダイハツとか,富士通とか,芸術に対してお金を払っている企業っていっぱいある.そういう企業が増えたらいいのに.いずれにしても「この素晴しい芸術を存続するために是非ご協力を」という宣伝活動は必須でしょう.うまく説明できないけど,「全ての芸術が国民全員の利益に」というわけでないから,国よりは企業の支援というのが自然なんじゃないかって気がする.
それって科学技術もそうなんだろうか.いや,そんなことはない.「芸術無し生きてける人」と「科学技術無しで生きてける人」の人数は比べるまでもない.っていうか後者は皆無だろう.定義によりけりだけど.…なんて感想を抱いてしまうのは,自分の立場が立場だからだろうか….

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