片想い

片想い (文春文庫)帰宅後に本を開いてはいけない…分かっているはずなのに、昨晩ついやってしまいました。寝る前に少しだけ…と思ったら1時間半も読んでしまい。翌朝起きてからもまた読んでしまい。昨日から読み出したのに読み終えてしまいました。危ない。
特に東野圭吾氏の本は危ない。つい先が気になって電車以外でも読んでしまう。

性同一性障害、半陰陽、性転換などなど、タイトルからは思いもよらないテーマ。「女性や男性の定義とはなんだろう」と考えずにはいられない。備わった生殖器で判断するのだろうと今まで思っていた。で、そう判断した性別を受け入れられない人が性同一性障害なのだろう、と。でもそんなに単純な問題でもないと知った。絶対読んだ方がいい。
「男らしいとか女らしいとか何だよ?!」なんてありきたりの疑問を遥かに越えた問題が在る。「誰しも男性的な面も女性的な面も持ってるから、男女の区別なんて曖昧だ」というようなこの小説の感想が色んなところに載ってるようですが、その程度の問題ではないように思う。

「女だから働かないで主婦やってく」という考え方は前々から否定していたけど、ここ数年は「そうは言っても出産するのは女性だし、授乳するのも女性だから、ある程度は仕方ないかも」という気がしてきている。「男性と同等に働く」と言っても、妊娠・出産・授乳があったら仕事は休まざるを得ない。そんだけ長期間休んで、その間も働いていた男性と同等の能力なのか?と言ったらそれは絶対違うだろう。だから差がつくのはある程度仕方ないことなんだろう。
この小説に出てくる理沙子の生き方を見て「あぁ、私はこんな生き方をするのかもしれない」と思った。そして「もし同じ曲面に立ったら私はどうするだろう」と思った。自分にとっての大チャンスが巡ってきたそのときに妊娠したら。まぁ、私は彼女(カメラマン)と違って体力勝負な仕事には就かないから、完全に同じ状況にはなり得ないのだろうけど。

んー、話がまとまらなくてごめんなさい。

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