久し振りの練習

なぜ週末になった途端に5時に起きれないのか。6時過ぎ起床。今年初の熱帯夜でどうなるかと思いましたが、今朝は曇ってたし、風もあったし、覚悟したほどの暑さではありませんでした。28度。30度いかなければ普通に走れるかな、曇ってたら。それでも15km。
夕方からはだいぶ涼しく感じましたね。朝起きれなかったときは夜走るのがいいかも。

午後は久し振りに楽器をゆっくり吹いて。チューナーと共に練習し続けたら、音程が以前より改善したような気がします。なんとなく感覚が身に付いてくるのでしょうか。それとも気のせいでしょうか。前者であることを祈るばかり。
夜はオケの練習。いつもと違う会場。会場が狭かったせいか、2ndの音がとっても良く聴こえて吹きやすかったです。まぁ、本番はそうもいかないでしょうけど。ふっと油断したり、長い休みの後で音程がおかしくなったりしてると、音程ずれてきますね…油断はしなきゃいいけど、聖パウロは長い休みの後にシビアな音程求められたりするので、ここは何とか策を考えねばなりません。練習するしかありませんね。でも長い休みの後吹く練習というのは難しい…。

そういえば昨日歯医者で待ってる間に読み終わった本。新書ってあまり読まないのですが、Tumblrでこの本の引用を見付けてちょっと本読んでみようかなと思ったのでした。タイトル見たときはもっと固い本、というか、心理学的側面から洞察した本を勝手に予想していたのですが、全くそんなことはない、元「意識高い系(笑)」だった人が書いた本でした。
「意識の高い人(笑)」は持つ物や行動だけ意識高い感じなんだけど、中身が伴ってないから駄目というようなお話です。本当に意識の高い人もいると思いますが、上っ面だけのそういう人は痛いよねって。

採用担当者の視点で言うならば、大事なのは「何」をやったかではなく、「どう」やったか、
「誰」とやったかだ。そして、そのエピソードから垣間見える価値観、行動特性などから学生を
ジャッジしていくわけだ。
 ある意味、「意識の高い学生(笑)」というのは時代の被害者なのかもしれない。
 弱さをさらけ出すこともできず、強い自分を演じ続けなければいけないのだから。

今はFacebookとか、Twitterとか、色んなツールがあるから、また振り回されやすいんでしょうね。以前から感じていたことですが、FacebookもTwitterも自己肯定ツールなので「自分が正しいと自分に思わせる」ことが簡単にできる…このことを改めて感じました。
まぁ、やっぱり、要は「自分の考えをしっかり持ってやらんと駄目よ」と解釈。色んな人が色んなことしてるのを見て「あぁ、私はこんなので良いのだろうか」と気持ちばっかり焦ったりしますが、一歩引いて考えることができたかな。

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